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元ボクサー池田氏にインタビューしてまいりました!

皆さんこんにちは!広報チームです🥰💕
新連載
その人生、素敵すぎる 『it’s a wonderful life』コーナー第1弾


皆さん、子どもの頃に一度は夢にみませんでしたか?


「スポーツ選手」!

私たち三恒スタッフにも実はそういう方がいて、その姿がとーーーーっても!カッコ良すぎたので、こちらのコーナーにご登場いただくことになりました!
それではご登場いただきましょう。
元・プロボクサー 食品加工部の池田 昌一くんです。

――プロボクサーとしてご活躍されていらしたのはいつ頃のことなんですか?

1999年~2001年です。26歳のときプロテストに合格してプロボクサーになりました。

――何故、ボクサーを目指そうと思われたんですか?

子どもの頃は空手をやっており、力にはわりと自信がありました。そんな自分の力を試してみたいという思いがずっとあり、当時憧れていた辰吉 丈一郎さんの影響もあって、高校を中退したあとボクシングジムに入会しました。その頃の私は自分に対する自信が満々で。「自分なら世界チャンピオンになれる!」と本気で信じていましたね(笑

――そのプロテストのとき、かなり衝撃的なエピソードがあったそうですが…?

いやいや、そんな大袈裟なものではないですよ(苦笑)通常なら実技2ラウンドのところ、1ラウンドの途中2分も経っていないところで中止されました。本試合であれば「TKO」と呼ばれるジャッジです。

(「TKO」とは…有効打による負傷のため、これ以上試合続行は不適当とレフェリーが判断したとき、実力に格段の差があって一方のボクサーが甚だしくダメージを蒙って試合を停止したとき等 日本ボクシング・コミッション(JBC)のルールブックより引用)

当時はこのプロテストの1件を、どこからか聞きつけてきたメディア関係者から話題になり、スポーツ雑誌・新聞で7社ほど取り上げてもらってインタビュー記事を掲載いただきました。デビューしたてのこの頃が私の最盛期だったのでしょうか。自分への自信を確信し、私自身最もノッていた時期です。プロテスト合格と同時に当時勤めていた会社を辞め、世界チャンピオンを目指してカードを切りました。

――プロボクサー時代、一番困難だったことは何ですか?

減量です。だいたい5週間かけて10キロ落とすのです。どうやって減量するか? ズバリ「食べない」ですね。1回2時間のボクシング練習すると大体、1.5キロ落とせます。それに、排出した尿の重さまでもを計算して、落とした以上の量を食べないようにする。が、この頃の鉄則でした。最後のほうになると練習しても、何をしても0.1キロも落とせないという時期がきてしまいます。そうなると一切の食事はやめて、2~3日間飲まず食わず。さらに唾を吐いて、0.1キロでも0.01キロでもいいからと祈るような気持ちで減量に励んでいました。まさしく血の滲むような努力。そんな状態でハードな練習をするので、もうフラフラです(笑)。計量直前になると、体脂肪率は3パーセント台。普通で考えれば生きている成人としてはあり得ない数字になっていました。それでもプロボクサーとしてやっていきたい、勝ちたい、世界を制したいという強い気持ちが、私を駆り立ててくれていたのだと思います。 

――現在は、食品加工部で職人をされているということですが…ボクシングとは全く別世界ですよね?

まったく違うように見えますが、私はどうしても2つを重ね合わせてみてしまいますね。それはどちらも毎日、同じことの繰り返し。それは途方もなく「地味」であり、なのに、1つ1つがとても重要であるということが共通しているからです。 ボクサー時代、私の練習といえば、①縄跳び②シャドウボクシング③サンドバッグを使ったボクシング④スパーリング(実践形式の練習)です。一見すると華やかに見えるかもしれませんが、これを誰も見ていないところで、誰の評価を受けるでもなく、ただひたすら毎日毎日繰り返すのです。それはそれは地味です。しかしその練習は確実に「勝利」へと続いており、練習を繰り返すことでしか「勝利」は得られない。まさに1発1発のパンチが「勝利」を作り上げていく。そんな思いで練習を行なっていたんですね。

――その頃の練習の努力が今の仕事にも生かされていると?

そのとおりです。今の私の仕事は、鮭や鰆や鱈など、市場に運ばれてくる魚をひたすら切るという作業が主流です。終わりのないように思えるこの作業に没頭しながら、この1カット1カットが、お客様の食卓に並び、命と健康を育んでいく。まるでボクサー時代のパンチと同じだなぁと痛感するんです。

もしかすると今の私の仕事は、例えば若い子たちなら「つまらない」「地味だ」「飽きる」というふうに思ってしまうかもしれません。ですがボクサー時代のあの壮絶な「繰り返し練習」が身についている私にしてみたら、どんな地味な作業でも、いや、地味であればあるほど、重要だ思ってしまうんです。私がこの仕事に没頭し、この仕事に誇りがもてているのは、ボクサー時代があったからだと自信をもっていえます。

――最後に、元・プロボクサー現・食品加工職人として、皆さんへメッセージをどうぞ。

皆に、もっと今の自分の仕事に誇りをもってもらいたいな、と思っています。今、「自分の仕事は素晴らしい」と感じている若い子は、いったいどのくらいいるんだろうか? いないんじゃないか?なんて思うと、寂しくなりますね(苦笑)。特に私のような食品加工などの職人は「この仕事は自分でなくてもできるのでは?」なんて思ったり、することもあるのではないでしょうか。ですがどんな仕事も唯一無二なんです。その仕事は、その人にしかできない。この仕事は自分じゃないとできない。そんなふうに思えたら、仕事がもっとおもしろくなるし「素晴らしい仕事に就いている」と誇りをもつことができると信じています。

――ありがとうございました!

……正直、意外でした。
池田さんは、いつも冗談がお好きで、誰に対しても気さくで「いいお兄ちゃん」で、毎日お気楽で愉快に過ごしていらっしゃる…みたいに思っていたんです。だけどその心のうちには、誰よりも確固たる強い意志と、仕事に人生に真摯に取り組んでいる姿がありました。ボクサー時代の壮絶なまでの経験が、私たちの「味噌漬け」を生み出す原動力になっていたのだと思うと、これまでとは違った深い感慨を抱かずにはいられません。

私たちのすぐ傍にいる「素敵な人」・池田晶一。これからもスタッフの一人として、ざこばの朝市を、株式会社三恒を、リードしてくださいます。これからもどうぞよろしくお願いいたします!

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